毒親育ちのしあわせあつめ

こころの鎖を解き放つブログ

SNSの正義と誹謗中傷に思うこと

ひとというのは、じぶんが

どこのだれかわからない存在でいられるとき

ふだんは奥のほうに潜めている一面が顔を出す

 

以前働いていたコールセンターは、ほぼ個人の顧客

顔が見えない声だけのコミュニケーション

 

最初から文句を言いたいだけのひとが

それなりにいることに最初は困惑した

 

声が気に入らない

しゃべり方が気に入らない

 

難癖をつけられるなら理由なんてなんでもいい

 

今いる職場は、先方も一企業

 

そのようなクレームは一切ない

どこのだれ

なんてものを背負っているからかもしれない

 

SNSという匿名の世界

 

どこのだれかわからない

匿名の誹謗中傷で自ら絶った命があるという

 

その後

 

誹謗中傷を書き込んだひとを

おなじように匿名で裁くことばが並ぶ

 

すべての理由がそこにあるのかなんて

だれにも、きっとわからない

 

 

ただ、ひとつ

はっきりとしているのは

 

傍らにいるその猫を

撫でるその手の主はもういないということ

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